今はなき食堂「殿田」──京都駅前で見つけた、最後の衣笠丼
※この記事は2018年に書いたものに、2025年に加筆と修正を加えて再公開しています。
2024年10月、静かに幕を閉じた名もなき名店
五年ぶりの運転免許更新を終え、自宅まで運動がてら歩いていた帰り道のこと。
ちょうど小腹もすいていた頃、「うどん・丼物 殿田」の暖簾が目に留まりました。
子どもの頃を思い出す、あの雰囲気
小学生時代、自分は鍵っ子でした。
土曜の昼は親からもらった500円を握りしめ、近所の食堂をローテーションで巡るのが楽しみだった。
でも、大人になると不思議なもので、近所の食堂には足が遠のいてしまう。
気がつけば、あの頃の店はもうどこにもありません。
そんな思い出がよみがえるような、あたたかい空気が「殿田」には流れていました。
ご夫婦で営む、静かでやさしい空間
厨房では奥さんが調理を、ホールでは旦那さんが注文を。
新聞や雑誌が何気なく置かれているのも、こういう店ならではの風景です。
その日も、前日のスポーツ新聞がカウンターに置かれていて、
阪神が勝っていたのを見て、ちょっと嬉しくなったのを覚えています。
観光向けでも、SNS映えでもない──
「ただの昼ごはん」が、こんなにも心を和ませてくれる場所が、まだあったんです。
最後に食べたのは「衣笠丼」
注文したのは、京都ではおなじみの「衣笠丼」。
九条ネギとおあげさんを卵でとじた、やさしい味の丼ものです。
(京都ではおあげに「さん」をつける人が多いです。)
味は、いい意味で「普通」。
派手さはないけれど、丁寧に作られたことが伝わってくる、じんわり優しい味でした。
価格は650円。
京都駅近くという立地を考えたら、これはほんまにありがたい。
糖尿病のこともあって、うどんは我慢しましたが、
「今度はうどんも食べたいな」──そう思いながら店を出たのを覚えています。
後日、見かけた行列。そして閉店の知らせ
それからしばらく経ったある日、「殿田」の前を通ると、行列ができているのを見かけました。
「やっぱり、知ってる人は知ってる店なんやな」と、ちょっと誇らしい気持ちになったものです。
けれど、その光景も長くは続きませんでした。
2024年10月末、「殿田」は静かに暖簾を下ろしたと聞きました。
もう、あの衣笠丼も、ご夫婦の姿も、新聞片手に読んだ阪神の勝利も──すべてが記憶の中だけ。
でも、確かにあの日、
「日常の中の昼ごはん」が、ここにありました。
それを思い出せるだけで、きっと十分。
この記録を、ここに残しておきたいと思います。
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